あるゴルフ雑誌のインタビューで「もう1回やりなおしたいショットは?」の質問で、トムワトソンは迷わず「1984年のこのホールの2番アイアンでのセカンドショット」を選んだ。ここでのボギーによりセベバレステロスに栄冠を渡すことになるが、セベ自身も34ホールまでリードしていた1978年のオープンで、ここでのOBによりニクラウスの前に屈している。この1978年は中島プロに9をたたかせた「THE
SANDS of Nakajima」の年でもある。世界一有名なホール、ロードホール。
US Open at Baltusrol 4th
農夫でだったMr. Baltus Rollの豪邸があった場所に造られたのがこのゴルフコース。不幸にも彼は1825年にこの場所で殺害されてしまった。その後、このゴルフコース名には彼の名前がそのままつけられた。元々A.
W. Tillinghastの名作であるこのコースを1954年のUSオープンのためにコース改善依頼を受けたのが ROBERT Trent
JONES。しかし、この4番ホールはプロにとっても難しすぎるとクレームがつき、クラブプレジデント、クラブプロ、当時のオープンコミッショナーとともにこの4番ホールのティグランドへJONESがおもむろにティアップして打った球はそのままカップに。後に1980年のニクラウスと青木功による“伝説の一騎打ち”も、このバルタスロールで繰り広げられた。